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千両を育てていた一人の農家が、一本の寿松に心を動かされた。経験も技術もないところから始まった挑戦は、長い年月をかけ、次の世代へ受け継がれています。

会社概要

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寿松を育てるなかで、葉が短く自然に丸くまとまる一本の松が見つかりました。のちの「白寿」です。販売当初は使い方が伝わらず売れない時期も続きましたが、形の可能性を探り、幹に動きをつけた松を「踊り松」として届けることで、新しい価値を生み出しました。

受け継がれる挑戦

私たちの歩み

初代・長谷川喜一は、茨城県神栖市で千両と米を育てる農家でした。1970年代末から1980年頃、寿松の姿に心を動かされ、経験も技術もないところから松づくりへ踏み出しました。種から台木を育て、接ぎ木を重ね、およそ十年かけて販売へ。自ら全国の花市場を歩き、販路を拓きました。

01

千両農家から松づくりへ

寿松を増やすには、種から台木を育て、接ぎ木を重ねる長い時間が必要でした。およそ十年の試行錯誤を経て販売を始めた喜一は、北海道から鹿児島まで花市場を自ら訪ね、取引先を開拓。そのつながりが、現在まで続く販売基盤となりました。

02

十年をかけて、全国へ

寿松のなかから生まれた白寿は、当初なかなか価値が伝わりませんでした。それでも形の可能性を探り、幹に動きをつけた松を「踊り松」として提案。新しい見せ方が、松の個性を新しい価値へ変えていきました。

03

白寿と「踊り松」

現代表・長谷川聖人は2012年頃、18歳で本格的に仕事へ入りました。栽培、仕立て、出荷、営業を一つずつ身につけ、2021年以降に事業を継承。2024年7月1日、長谷川花松園は株式会社として新たな一歩を踏み出しました。

04

祖父から孫へ

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